世の中は偏見で出来ている。

こんにちは、ビジネスプロデューサーのユキオです。
今日は、

世の中の偏向性

について書いていこうと思います。

偏見と偏向性

世の中と言うものは、
全事象・分野をいかに知ろうと思っても
知ることが出来ないぐらい広大無辺で
数年以上関わらなければ、最先端の情報を扱うことさえままならない。

更に、近年ではフェチズムが台頭するように
個人の「偏見」と言うものが発信されるようになってきた。

この背景にはインターネットの普及とSNSの発展もあると思いますが、
それと同時に人間は、偏見の生き物だと認識することも出来るわけです。

そして、それぞれの人の偏見が1つの偏向性となりカテゴライズされ世の中に発信されている。

このようにカテゴライズされていると考えることができれば世の中にある多様性と言う言葉やそれぞれのカテゴリー内における階層の深さ等に説明がつきますよね。

なぜフェチズムが流行したのか

ではまずフェチの言葉の意味から見ていきましょう。

フェチ
異性の身体的あるいは装飾的なパーツ(部分)や要素に対して特に性的魅力を感じる傾向・嗜好・趣味・性癖といっ た意味で用いられる語。

このように
フェチと言うのは性的魅力に関しての偏見であることは間違いないでしょう。

広がった理由として挙げられるのは、
もちろん人間が変態だからって言うのもあると思いますが、、笑
昔のセクジャリズムは「裸」とかで括られていたものが、
さらに偏向性がカテゴライズされ
それぞれのカテゴリで内容が深化していったからではないでしょうか?

ただこのフェチズムと言うものはある意味大衆にとっても隠されて、言語化されてこなかったものになるはずです。

しかし、インターネットの出現によって
匿名性がネット上を闊歩し、多くの人が話したいことを話せる時代になり、これまで隠されてきた文化や習慣、風習が表に出てくるようになってきたんですね。

これは大きな時代変革の一片であり
時代を大きく感じさせる出来事じゃないかと個人的に思います。

つまり、一般大衆にとっても
偏向をいかに届けるかと言う時代になってきたわけです。

一般論がウケない時代


最近の流行りとして、
一昔前の当たり前と言われていた内容は
全くウケていないわけです。

写真を見ていただければわかる通り
何1つとして普遍的な内容ではないですよね?

健康本でも、学習本でも、ビジネス本でも
同じような内容が多いのかと言うと、そうでもないですよね?

本の数が非常にに多くなってきているのももちろんありますが、それだけ偏向性が細かくなってきたとも言えます。

つまり、一般の言い方
ある意味、みんなが言っている事や
当たり前の事を話してもなにも面白くないし
ただただ、つまらないだけ…

大人の方には申し訳ないのですが、
時代が変わるので、使われる言葉も異なってくるのは仕方ない事。

言葉が変わり、文化が生まれ、時代を作り出す。

これは変えられない事であるし、
大人になってきた人たちもみんな通ってきた道なはず。

いつからか、その事を忘れ
自分が正しいと、
自分は間違っていないと、
思考が膠着状態になっているのにも関わらず
それに気付かない。

時代性と言う偏向性

いつの時代も偏向性で出来上がってきた
といっても過言ではありません。

流行を作った言葉はその時代で作られ
過渡期を迎え、やがて閑散期になる。

時代性を作るのはいつでも偏向性であり、
偏向性からしか時代というのも捉えられない。

このように見ると、時代のなかで
言われている偏向性を紐解くと人間性も見えてくるようになりますよね。

まとめ

これまでいろいろ話してきたと思いますが、
どの文化も時代も、結局のところ人が作っているんですね。

そういった中で、もちろん偏向性に合わせれられる人も居ますが、一方で全然合わない人が居るのも世の常です。

でも、時代は止められないし
簡単に制御できるものではない。

一昔前に比べたら時代の移り変わりは確実に早くなっているし、適応するのはそれ相応に疲れると思う。

ついさっきまで話してた偏向性も陳腐化してしまうという事も無きにしも非ず。

本当に難しい時代になってますね…

ただこれを逆の視点から見ると
偏向性がなく平凡であればあるほど淘汰されていくという流れとも読み取れるですが…

これはあくまで僕の個人的な意見として
持っておいてもらえればと思います。笑

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